ベリーショートショート 『ディズニーデート」 後編

『時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。この行為こそが、現代人に平等に与えられた、最高の癒しと言えるのである。』

 

どういうつもりなんだ。彼女は電車なのだから、早めに着いてるはずだろ。余計に時間を奪いやがって...。歯をギリギリと食いしばり、僕は苛立ちを隠せないでいると、スマートフォンに一件の通知が来ていることに気がついた。

 

『熱が出たようなので先に帰ります。』

 

それは彼女からのメッセージだった。なんだ、風邪を引いてしまったのか。その刹那、僕の心の荒波はすっと消えてしまっていた。そして、僕はふーっと息吐いて、ただ『お大事に。』とだけ返信した。

 

 

なんか、凄いペダル漕いだし、イライラしてしまったし、凄い疲れた。ディズニーランド、物価高いから何も食べてないや...

 

 

腹減ったな

 

.

 

.

 

.

 

 

よしっ!

 

 

こうして、日高屋の方へ向かって行った。

 

寒い、寒い...扉を開くと、暖房の暖かさが出迎える。そして、「イラッシャイマセ!」と店員さんが迎えてくれる。彼は、東南アジアであろうか、その辺りから日本にやって来た外国人留学生のように見受けられる。東南アジア系の方が出迎える中華料理屋、なんてカオスなんだ...だが、それでもいい。いや、それがいい。

 

「ナンメイサマデショウカ」彼はそう尋ねて来たので、1人である旨を伝えて、カウンター席に好きに座るよう指示されたので、適当なところに僕は腰を下ろした。

 

彼が持って来てくれた水を口に含みながら、日高屋のメニューブックを広げる。すると、様々な中華料理の写真が僕の目に飛び込んでくる。麺類、餃子、飯物、定食...どれも捨てがたい。おつまみも充実している。「ちょい飲み」...ラーメン、餃子、生ビール全部頼んでも1000円未満。お財布にも優しい価格設定だ。しかし、本当に悩ましい...

 

ふと、隣の方に目をやると、ヒョウ柄の服おばさんが中華そばを啜っている。周りのアイコスを吸うサラリーマンも、バイト帰りと見られる若者も、みんな麺だ。

 

寒いから、そうだよな... よし決めた。麺にしよう。

 

「すいません。注文いいですか?」ともう一人の接客の日本人のおばさんに声をかける。「ええと、まず、味噌ラーメン一つ。餃子6個。あと、味付けメンマ一つ。あと、生ビール一つ。以上で。」

 

暫くすると、おばさんが先に味付けメンマと、生ビールを持ってきてくれた。ビールを少し口にして、そしてメンマを一口。うまい。だけど、なんだか物足りない。やっぱりこれだよな。徐に僕は卓上にあるラー油を手に取り、メンマにたっぷりとかける。僕はこれを「神の一手」と呼んでいる。そして、また一口。そうだよ、これこれ。ラー油のアクセントがメンマを引き立てている。これぞ、日高屋奇跡の化学反応。こうなると病みつきになって、箸がとまらない。メンマを口に入れ、噛みしめ、ゆっくり味わい飲み込む。そして、ビールで締める。上出来じゃないか!

 

いつの間にか病みつきメンマ、いや、味付けメンマはすっかりなくなってしまった。ビールはまだ少し残っているが、ビール単体は舌が寂しいよな...。こうして、手持ち無沙汰になった僕は頬杖をつき、辺りを見渡す。携帯電話で誰かと会話するヒョウ柄の服のおばちゃん。スマートフォンを見ながら料理を待つ、サラリーマン。テーブル席で盛り上がる若者の集団。みんな、それぞれ、自分の時間を過ごしている。それぞれ皆、社会に揉まれて生きているんだ。でも、ここは辛いことすべてを忘れ、つかの間の休息が取れる、「癒しの場」なんだ。

 

 こうして、ボーッとしていると、「オマタセシマシタ!味噌ラーメン、ト、ギョウザデス」と彼が残りの品を持ってきてくれた。

 

待ってました。本日のメインディッシュ。主役と名脇役の大舞台。まずは、餃子だろうな。小皿に卓上の醤油と酢、ラー油をかけて、名脇役の「お化粧」の準備を整える。早速、一口。うん。正直、格別に旨いというわけではない。実家で食べる餃子の方が美味しいと思う。でも、ここに来るとこの味が食べたくなるのだ。野菜が多めで甘い。そこに一種の優しさのようなものを感じる。ショッピングモールもオシャレなカフェもなくて一見しょぼいんだけど、なんだか温かい田舎ようだ。当然、これもビールで流し込む。

 

そして、いらっしゃい。味噌ラーメンくん。あなたを待っていました。やはり、

この季節には欠かせない。まずは麺を一口啜ろうじゃないか。麺そのものが特別旨いわけでもないが、やっぱり落ち着く。どれ、スープも味見しよう。濃厚な味わいだ。力士と急に衝突したかのような衝撃。そして、この炒められたシャキシャキのもやし。どれも熱々で、中華の「火」の力を感じる。誰よりも熱い心を持つ主役なんだな君は。いかん、いかん。こうしている間にも麺は伸びてしまっている。あまり待たせてしまっては、主役に失礼だ。一気にスパートをかけていこう。

 

ダイソンの掃除機以上の力で麺を啜っていく。ズルルル。ズルルル。下から上へと流れる滝のように麺を僕の口へ胃へ。もやしもシャキシャキと口の中で裁断して食べていく。よし、一気に具は平らげた。やはり、スープまで全部いかないと失礼だ。どんぶりを手に持って一気に行こう。熱い。熱い。ものすごい熱を感じる。食堂がスープの熱に支配されていく。のど元過ぎても熱さは忘れぬ。喉を通り過ぎれば、熱さは胃に「溜まって」いく。うおー。熱い。熱い。俺が浦安のキラウェア火山だ!

 

気が付けばどんぶりの中には汁一滴も残っていなかった。ふぅ。食った。食った。手元のピッチャーで自らコップに水を注いで飲む。熱さにやられた喉への冷たい刺激が気持ちいい。気が付けば、周りのお客さんは僕が入った時と違っていた。自分の時間を過ごしていて、すっかり気づかなかった...。そうして、僕は徐に立ち上がって会計を済ませ、寒い外へと出ていった。

 

食ったなあ。さっきまで空っぽだった胃がこんなに満たされている。そうだ。僕はスマートフォンを取り出し、彼女に「今日は残念でしたね。お大事にしてください。また今度、日高屋にいきましょう。是非。」とメッセージを送る。まあ、でも、やっぱり1人の方が気楽かもしれないなあそこは。こうして、僕は帰路へと向かって行った。

 

終わり