懸賞論文書いたら、通った話

Twitterで報告させてもらった通り、みずほ学術振興団の主催する第61回懸賞論文(法律の部)学生の部で3等を頂いた。

 


今年の1月に提出したのだが、それなりに4月から始まった就職先での研修が大変だったので、応募したことをすっかり忘れてしまいそうになっていた。ふと、応募したことを思い出し、「もしかして、結果が来ているのではないのかな。」と思い、実家にいる父親に郵便物が来ていないか確認してもらった。


その後、父からみずほ学術振興団からの封筒が届いている旨連絡があった。その際、何故なのか明白ではないが、私は一人布団の中に入り、漠然と今後の職業人生に絶望的なものを感じており、頭をもやもやとさせている最中であった。そのため、全く科学的・合理的な思考ではないのだが、「論文の方もダメだろうな」と、諦めるような気分でいた。


そんな最中、封筒の中の書類を写した写真が届く。速度制限がかかっており、画像が鮮明に見えるまで大分時間を要した。その間、胸の鼓動は高鳴る。しばらくすると、「入選となりました」の文字が私の瞳に写った。


その時、私の胸に去来した感情は驚きであったと思う。正直、通るなどと思っていなかった。投稿した論文を、提出後に何度も読み直したのだが、その度に、「この日本語表現はおかしい」「この資料から、そのように言い切れるとは限らないのではないのか」などと、自らの論文の瑕疵を見つけ、落ち込むような気分になっていたからである。


その後、次第に自慢したいような気分になり、TwitterなどSNSに結果を投稿したが、特に赤ベーコンのアカウントでツイートしたものが予想以上の反響であった。なんだか、自分の身には余るような賞を頂いてしまったのではないか、恐れ多く感じてしまった。


何はともあれ、嬉しく思った。ただ、単純にそう思ったのでは無い。この論文こそ、私の大学生活5年間の集大成であると思っており、今まで自分自身否定的に感じていた大学生活を何とか少し、許してやれるように思ったのであった。


この懸賞論文に応募しようと思ったきっかけは、大学の同期で、かつては同じゼミに所属し、共に勉強したゴミクルーン君が同懸賞論文に応募し、三等を受賞した旨のツイートを

見たことであった。その時、抱いていたのは嫉妬だとかライバル意識だとかいったものでは、決してなかった。一方、あちらは現役ロースクール生、他方、こちらは就活に失敗して休学中の身分であるしがない法学部生(厳密には、法政経学部生だが。)であり、自分自身は彼と対等にあるとは、まるで思えなかった。唯、爆然と「自分も挑戦してみたい」。そういう風に思ったのであった。しかし、その時、就活再チャレンジ中の身であり、次年度の論文のテーマも発表されていなかったので、もやっとしたその思いは、その時、具現化されることはなかった。

 

論文を一度も書いたことがなかった大学生が専門外の分野の懸賞論文を受賞するまでの話 - ゴミログ


就活を行なっていた時は、自分の大学生活に対して否定的な感情しかなかった。学生時代、一番頑張ってきたことは何かと聞かれた時に答えていたのは、「大学での勉強」と答えていたように思う。しかし、冷静に考えると、自分自身頑張っていたと思い込んでいたのではあるが、客観的に見れば、何かしら実績を残していた訳ではないし、何か具体的な目標に向かっていたわけでもなかった。大学での成績も、単位取得率こそ高いけれでも、GPA自体は高くない。また、周りの同期のように法曹や官僚等になるという崇高な目標を立てて、努力してきた訳でもなかった。他の「普通の学生」と比べても、サークルに入って周囲と協調して何かを成し遂げた訳ではないし、アルバイトに励んで職場で評価されるようなことをした訳でもなかった。第三者の視点から、自らの大学生活は無駄でしかなかったのではないかと思うようになっていた。


しかし、何とか就活を終え(現在所属している機関に拾ってもらったようなものだが。)、いわゆる学生生活最後、いや、「人生最後の夏休み」と呼ばれるやつに突入すると、暫くは怠惰な生活を送る日々が続いていた。2年の就活で失ったものを取り返すかのように、堕落することに没頭していたのだと思う。


とは言っても流石に、1ヶ月ほど経過すると、「何かせねばならないのでないか」という感情が自分の中に芽生える。その際に思い出したのが、懸賞論文であった。すぐさま、振興団のホームページを見ると、複数のテーマで応募を受け付ける旨記載されていた。しかし、それぞれのテーマに専門的な知見を有している訳ではない。どれにするか少し考えた末、出した結論が「土地所有権」であった。現在、社会的な課題の一つとなっている、いわゆる「土地所有者不明問題」に関心があったからである。


しかし、「土地所有者不明問題」と漠然と考えても、様々な課題がありそうであった。登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究会が発行した、「登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究報告書」という資料を参考に、今現在、具体的に何が問題となっているのか、把握することに努めた。


最初に目を付けたのは、土地所有権の放棄制度であった。そこで、それに関して書かれている論文を探し、一通り目を通した。多くの論文を見つけ、調べるのには苦労しなかったものの、それらの論文によって、放棄制度の法理論的課題はほとんど解消されているように感じられ、自分がこの課題に関して改めて考察する意義を見出すことは出来なかった。


そこで、今度は、土地所有権の「みなし放棄制度」の方に着目した。まず、放棄制度と何が違うのか、説明させてもらうと、「放棄制度」は、所有権者に対して、土地の所有権を自らの意思で放棄することを認め、同所有権を国庫などに帰属させるものであり、他方、「みなし放棄制度」は、所有権者が土地を一定期間放置することを要件に、その土地の所有権が放棄されたと「みなす」ことによって、同所有権を国庫などに帰属させる制度である。要するに、どちらも土地所有権を当人から放棄させることにおいて同一であるが、それが所有権者の自由意思に基づくものか、所有権者の土地の放置という事実に基づくものかで差異がある。そして、本制度は、民法上、所有権が消滅時効にかからないこととの整合性が法理論上課題となる。なぜならば、所有権のみなし放棄制度は、一定期間の占有放棄を要件を所有者から所有権を消失させる効果をもたらすが、それは所有権に消滅時効にかかることと同じであるからだ。そして

、所有権が消滅時効にかからないとされているのは、所有権が永久性という性質を有しているからであるとされる。


「みなし放棄制度」についても、論文は存在したものの、数が少なかった。また、それらはそれぞれ独自の論理展開から所有権の永久性という観念に対して批判を加えることで、みなし放棄制度の理論的課題を解消させるという内容で、説得力はあるのだけれども、どこか自分に「物足りなさ」を感じさせた。次第に、浅学非才の身のくせに生意気ながら、その「物足りなさ」を埋められるようなものを書ければ、面白いのではないかと思うようになった。


それから、「そもそも、なぜ、所有権には永久性なる性質が観念されているのだろう。」と不思議に思い、この永久性の理論的な根拠に関心が向いた。ところが、所有権の永久性について関心を向けた論文など、皆無に等しく、調査は困難を極めた。仕方なく、少し異なる内容であるが、所有権の絶対性に関する論文からヒントを得ようと考えた。複数論文を当たる内に、永久性という概念が初めて所有権の要素として示されたとされる、19世紀ごろのフランスの文献を見つけることができた。何とか、目次の「所有権」の記述から該当する文章を見つけ、1年時に学んだのにも関わらずフランス語の知識は皆無に等しかったので、一言一句意味を調べながら根性で翻訳した。更に、日本における展開も調べるべく、明治以降に作られた、教科書などの概説書を大量に当たっていった。


このように、まさに古今東西、様々な資料に当たって、永久性の理論的根拠を明らかにしつつ、更に、明示的ではないものの、その根拠に対して批判するような内容の論文も引用しながら、永久性という観念は理論的に怪しいものであることを示し、それを論文として提出したのであった。(同学部・同ゼミ出身のゴミクルーン君の論文は、仮想通貨という未来的な問題に対して、現代の法解釈からそれに対する法制度の不備を明らかにしたもので、それと対照的だなと自分自身思っている。)

 

学生生活最後だからと、調子に乗って演習の講義を複数履修したり、経済学コースの副コースを取得しようと、経済学の講義を履修していたりし、論文執筆やそのための調査に充てる時間が限られており、提出はギリギリになったものの、何とか書き終えた。まだ寒い1月中旬ごろに、速達で論文を送ったのはまだ記憶に新しい。


今回、論文を書いてみて、それなりに苦労し、そのおかげで今回の論文は・・・と言いたいところだが、書くのに最も役立ったのは、大学でそれなりに真摯に向き合って学んできたことではないかと思っている。論文を調べると言っても、それなりに法学に対する知識や経験が求められるであろうし、調査の結果出てきた様々な情報を、整理し、一つの論文にまとめあげるのにも、法学を通じて養った論理的思考力のようなものが活かされているのではないかと思っている。


そういう意味で、今回提出した論文は自分にとって、大学5年間(期せずして、4年が5年になってしまったが)の集大成と言っても過言ではないのではないかと思う。5年間の大学生活で積み重ねてきた目に見えない自分だけの財産を使った作品が、第三者の視点から肯定的に評価された、錯覚に過ぎないかもしれないが、そう思うことが出来た。


終わり